イントロ

 デビッドが友人のジョンに、悩みを打ち明けていた。
「ねえ、ジョン。僕はいま、椅子の上に立っていて、しかもご覧のとおり、僕の首にはロープが巻かれていて、そのロープの端は高い木の枝に結ばれているわけなんだ。で、こうやってちょっとでも体を動かすと、ロープがぎゅうっと首を締めつけて痛いうえに、息がしづらいんだけど、どうしたらいいんだろう?」
 ジョンは、しばらく考えてから、こう答えた。

「あのね、デビッド。それは、一般的に《首つり》と呼ばれているもので、そうやってむやみに体を動かすと、君の首はますます締まるばかりだ。もし椅子から足を踏みはずしでもしたら、状況はさらに悪くなると思うよ。まず君のすべきことは、今すぐロープを首からはずして、さっさと椅子から降りることじゃないかな?」
 
 世間には酒をやめたいと思っている人が想像以上に多いが、そのほとんどの人は、飲酒による肝機能障害などの健康上の理由によって、禁酒・節酒を考えているようだ。つまり「体が心配」で飲酒に悩んでおられるわけだが、もしかりに、あなたがそういう事情をおもちなら、冒頭のジョンの答えと同様「命にかかわることなのだから、即座に酒をやめるべきだ」と助言してさしあげたい。今すぐ、飲酒という名のロープを、首からはずすべきだろう。この書を読むまでもなく、酒をやめる理由は、それだけで充分なはずだ。
 そういったフィジカル(肉体的、健康的)な問題を、このブログではとりあげてはいない。いわゆる「健康のために飲みすぎには注意しましょう」という主旨のことは、どこにも出てこない。

 このブログは、今までほとんど酒をやめようなどと思わなかった人に向かって書いたものである。二日酔いの朝にちょっと苦しんだり、飲みに行った5回に1回くらいは「早く帰ればよかった」と溜息をついたり、酔いの疲れで終電の終点まで眠り込んでしまって愕然としたりすることはあっても、けっして致命的な後悔になったりすることなく酒を飲んでいる人、しかも健康面においてもことさらダメージのない人──すなわちニッポン・サラリーマンの約70%にあたる人──そんな人たちに、ぜひ読んでほしい。
 先ほども述べたように、お酒によるフィジカルな問題は興味の対象としていない。お酒を飲むうえで生じる、メンタルな問題を中心にとりあげている。とくに「仕事がらみの酒」「会社がらみの酒」──すなわちニッポン・サラリーマンのほぼ100%が多かれ少なかれ関わっていること──をメインに書き進めている。

 いままでのサラリーマン社会では、終身雇用制という枠組みの中、運命共同体の一員として、上司・部下・同僚が酒を酌み交わすことが多かったように思える。終身雇用制や年功序列が崩れ去った今、サラリーマンは、新たな枠組みをさぐりながら生きていかなければならない。そろそろ酒の面でもサラリーマンの意識が変わらなくてはいけないのではないだろうか。
 日本人に多く見受けられる「仕事」と「お酒」の絡み合い(腐れ縁?)を、さまざまな観点から描写して、とくにサラリーマンの飲酒習慣・常識を考え直してみたい。けっして禁酒を勧めているわけではなく、「良い酒」とはどんな酒かを反語的に考えようという意図で、エッセイ風にまとめた。 

 酔っぱらい、アルコールに寛大だと言われる日本。その中でも、広大な裾野を形成しているサラリーマンの飲酒を考えることが、日本の飲酒文化全体を見直すきっかけになれば幸いである。

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