小学生のとき算数で「鶴亀算」とか「旅人算」とか「流水算」というのを習った。久しぶりで、そんな特殊計算を勉強してみようと思うが、いかがなものだろう。たいへん便利で実用性があるので、あなたもぜひ覚えていただきたい。
その名は「酔っぱらい算」。マスターしたあかつきには、あなたの暮らしが信じられないほど変わる、かもしれない。では、さっそく授業開始。
「酔っぱらい算」の基本的なシチュエーションは、2人の酔っぱらいが酒を飲みながらお話をしている、というものだ。2人の酔っぱらいをA、Bとする。Aは話し手で、Bは聞き手。AはBにお話をし、その結果、AはBにどのくらい話の内容を伝えることができたか──つまりAB間のコミュニケーションの成果──を計算するものだ。
コミュニケーションの成果は、話し手の技量(説得力)と、聞き手の技量(理解力)の兼ね合いで決定する。これを式で表すと(説得力)×(理解力)=(コミュニケーション成果)となる。もちろん個人差があるのだが、ここでは便宜上、みな同じ技量があるものとして解説する。
なお、各人の技量が過不足なく発揮したときの数値を「1」とする。したがって、A、Bそれぞれ何事も問題なくコミュニケーションに臨めたとすると、Aの説得力は「1」で、Bの理解力は「1」であるから、先ほどの式にあてはめると「1×1=1」となり、この場合のコミュニケーションの成果は「1」となる。つまり、Aは「1」を伝えたいと思って話をし、Bはそれを滞りなく聞き取り、結果「1」の内容をしっかり受けとめた、ということになる。
たとえば、話し手であるAの体調が悪く、話すのが難儀であるせいか、説得力が落ちていて「0.9」だとすると、聞き手Bの理解力 が「1」だとしても、両者のコミュニケーション成果は「0.9×1=0.9」となるわけだ。Aが「1」を伝えたかったにもかかわらず彼の不調が災いし、言いたいことの90%しか伝わらなかったことになる。
その反対に、Aは確かに「1」を話せたが、Bは腹痛のため集中力を欠いていたため理解力が「0.8」しかなかった。とすると、コミュニケーション成果は「1×0.8=0.8」となってしまう。Aは話したかったことを充分に話せたが、あいにくBの理解力が低下していたため、結果80%しか伝わらなかった。
「酔っぱらい算」をマスターするための基本公式は以上でほぼ理解できたと思う。さて「酔っぱらい算」には、もうひとつ理解しておかなければならない基本事項がある。それは、酔っぱらったときの各人の技量(説得力、理解力)の算定方法である。これは、あなたが自動車免許を持っていると非常に理解しやすいのだが、運転法規中の、飲酒運転に関する罰則規定にシステムが似ていると言える。
飲酒運転には2段階あり、「酒気帯び運転」と「酒酔い運転」がある。「酒気帯び」とは、呼気1リットルにつき0.15ミリグラムまたは 血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態のこと。「酒酔い運転」とは、アルコールの影響で正常な運転ができない恐れがある状態のこと、となっている。
運転法規が飲酒運転にとくに厳しいのは、飲酒時のドライバーの視神経や反射神経などが著しく低下し、運転走行に影響するからである。ちなみに「酒気帯び運転」は免停のうえ、程度によって減点6点もしくは13点で、さらに1年以下の懲役または30万円以下の罰金。「酒酔い運転」は、25点の減点で即免許取り消し(さらに2年間免許が取れない)うえ、3年以下の懲役または50万円以下の罰金ということになっている。飲酒による運転能力の低下~事故をどれほど重く考えているかがわかる。
ま、飲酒運転ほど大げさに考える必要はないが、こんな要領で飲酒時のコミュニケーション技量を算定してみることにしよう。まずは、酔い方の程度として、先にならって「酒気帯び」と「酒酔い」はあるとして、それよりひどい状態として「泥酔」を設けよう。さらに「酒気帯び」より自覚症状がはっきりとした酔いとして「ほろ酔い」を入れる。都合4段階となり、軽いほうから「酒気帯び」「ほろ酔い」「酒酔い」「泥酔」と順次重くなる。
もちろん、こういう問題は個人差があるのだから、ここではとりあえず、通例的な考え方だけを述べることにする。正常時のその人の技量は「1」だった。たとえば、ほろ酔い時の「説得力」は、やや正確さに欠ける可能性があるので「0.9」としよう。同じく聞き手のほうは、集中力に持続性が欠ける可能性があるので、理解力も「0.9」にややダウンすると算定する。……こんな要領で、それぞれの酔い方にしたがって、話し手と聞き手の技量を数値化する。さて、かりに次のように、各段階を数値化したとする。話し手(説得力)の場合も、聞き手(理解力)の場合も、同じ減点率とする。
「酒気帯び=ほぼ1」「ほろ酔い=0.9」「酒酔い=0.7」「泥酔=0.4」
以上で、「酔っぱらい算」の基本公式と基本算定法をご説明した。では、まず練習問題で、腕試し。あなたも、計算してみよう。
問題「ほろ酔いの話し手Aと、酒酔いの聞き手Bが、会話したときのコミュニケーション成果は?」
ほろ酔いは0.9、酒酔いは0.7だった。したがって──
解答「0.9×0.7=0.63 つまり、本来彼らが達成させたかった内容の63%しか伝わらなかった」となる。
いかが? 正解? それは、よかった。では、さらに実践的な問題に取り組んでみよう。
──あなたは、友人とバーで飲みながら談笑していた。2人とも、ゆっくりと酔いが深まっていく状態だった。この時点で、あなたも彼もほろ酔い気分(0.9)。最初はたわいない話に花咲かせていた2人だが、ついあなたのほうが、自分のいまある苦境について語り始めた。
会社における人間関係の複雑さ。たんに誰が悪いということではなく、組織上いたし方のないいがみ合い。すでに同じ課の若手が2人も辞めてしまい、補充のないままノルマ消化を命じられ、残業につぐ残業の毎日。すぐにでも会社を辞めたいところだが、家庭の事情で、即決できない。
家庭の事情とは、つまり夫婦仲のことなのだが、どうして妻との仲がギクシャクしているのか、よくわからない。しいて言えば価値観の違いか。結婚8年目にして、それが明らかになってきたような気がする。離婚したほうがお互いにいいような気もするが、病気がちの子供のことを考えると、どうしても踏み切れない……。
といった具合に、親友のよしみというやつで、あなたは彼に包み隠さず延々と話しをしていた。彼も親友のことゆえ熱心に聞いてはいるが、その間も酒はかなりのピッチで進んでいる。いつの間にか、あなたはやや重いほろ酔い(0.8)、彼は酒酔い(0.7)となっていた。酒はめっぽう強い彼ではあったが、きょうに限って徹夜明けのため、彼の中で酔いと眠気がごちゃ混ぜになり始めていたのだった。
あなたがこうやって洗いざらい打ち明けたのも、自分のことを一番よく知っている彼に、忌憚のないところでアドバイスしてもらいたかったからだった。彼もそれに懸命に応じようとしてくれてはいる、が……
さて、ここで計算。この場合のコミュニケーション成果は、どのくらいになっただろうか? あなたはやや重いほろ酔い(0.8)で、彼は酒酔い(0.7)だった──
解答「0.8×0.7=0.56 したがって、あなたが本来伝えたかった内容の56%、ほぼ半分の内容しか、彼の脳みそには届いていない」ということになる。
このあと、彼があなたに延々とアドバイスをすることになるが、彼のアドバイスはこの56%にもとづくもので、きわめて不完全な情報によって発言されていることになる。しかも、時間がたてばたつほど酔いは進んでいるわけで、コミュニケーション成果は、さらに低下するばかりだ。
では、もう1問だけ、トライしていただこう。
──あなたは会社の忘年会のあと、2次会、3次会と上司にくっついて飲み歩いた。年の瀬のネオン街は、半ば陽気、半ばヤケクソで、通り抜けるだけで体内アルコールが上昇してくる。
あなたにはひとつの思惑があった。年を越す前にぜひ上司とサシで話し合っておきたいことがあるのだ。そのため2人っきりになるのを待つ形で、ついには3次会を終え、いよいよ2人で居酒屋へと飛び込むことになった。すでに2人とも限りなく泥酔に近い酒酔い状態(0.5)にあった。しかも店内の騒々しさが、2人の酔いを否応なく煽るのだった。若い女性客が横を通り過ぎるたびに、その女の尻をドロンとした目つきで追いかける上司。あなたも、ホッケにソースをかけてしまって、上司に謝ったり自分を笑ったりしている。
あなたの気は100倍くらい膨張していた。年内に話しておきたかった例の話を、いよいよ切り出すことにした。
はっきり言って今の仕事にウンザリしていること。自分の後輩がもっと大きな仕事を任されているのが気にくわないこと。自分よりその後輩のほうを上司はひいきしているようだが、彼の仕事の仕方は体裁を整えているだけで、実状はあまりにもひどい。遅かれ早かれお得意さんからクレームが出るはずだ、と。おまけにアイツは女性関係にだらしがなくて、社内でもスキャンダルになりかかっていることを、上司のあなたはご存じか。このまま放っておくと、上司の管理能力の問題にもなりかねないが、それでもいいのか?……
そんなことを、あなたは上司にすべて伝えた(つもりでいる)。上司もすべてを聞き届けた(つもりでいる)。「な~るほど、君の言うことは早急に対処しないといかんな~、わ~かった」。そして、2人は互いの気持ちが通じ合ったことを確信した(つもりの)満足感につつまれ、それからいい加減飲んだあと居酒屋を出た。
「期待してますよ~、課長~、来年は~」「おいお~い、プレッシャーかけんのか~」「いえ~、そんなつもりじゃあ~」「わ~かってるって」「では課長~、よいお年を~」「君もな~」。2人はそれぞれタクシーに乗って別れた……
では「酔っぱらい算」をしてみよう。最後の居酒屋に入った時点で、2人は限りなく泥酔に近い酒酔い(0.5)だったが、結局その店の蒸せかえるような喧噪の中でさらに酒を飲み、あなたの駄々っ子のような演説も手伝って、2人はみごとに泥酔の沼にはまって(0.4)しまった。したがって──
解答「(ベロベロのあなたの説得力0.4)×(ベロベロの上司の理解力0.4)=0.16」
あなたが怨念つのらせ訴えた(つもりの)内容の16%がやっとこさ上司の頭に届いた、という計算になる。実際は、一夜寝て起きると、上司の頭の中にはその16%のさらに残骸だけが、辛うじて残っている程度なのだと思うが。
「話し半分」という言い方があるが、これはいったい何という状態なのだろうか。せいぜい「話し1割」か。ほとんど聞いてないのと同じ。いや、たぶんそれよりタチが悪いはずだ。なぜなら、上司の頭の中には、あなたが後輩の女関係をリークしたところとか、管理能力うんぬんと警告したところだけが、妙に鮮明に残っていたりするのだ。恐ろしいことに! つまり上司にとってあなたは、人のプライベートをネタにする卑劣漢で、しかも上司であるこの自分さえも脅す不埒な社員と、目される可能性はきわめて高い。
この「年末の直訴」には、およそ4つの悲劇が含まれている。
(1)あなたが伝えたかった内容の、たった16%しか伝わらなかったこと。
(2)ところが、酔っているあなたは100%上司に伝えたと思い込んでいること。
(3)しかも、上司も酔っているため100%あなたの気持ちを聞いたつもりになっていること。
(4)さらに悪いことに、伝わったはずの16%もかなり歪曲され誤解されている可能性が高いこと。
「悲劇」と言うよりは、ほとんど「惨劇」に近い、荒涼としたコミュニケーション。
シラフでさえも難しい、人と人との話し合いを、なぜこうも人は飲みながらしようとするのだろうか。