drink1:インスタント孤独
一日の仕事が終わって、まず最初に考えることは「帰りに一杯やっていこうか、どうしようか」ということだったりする。きょうの疲れを洗い流してくれる清き一杯に身をまかすかどうか、デスクを片づけながら心の中もついでに整理してみる。よし、きょうは軽く飲んでいくとするか……。
飲む方向で気持ちがかたまるやいなや、つぎに「誰と飲もうか」でちょっと悩むはずだ。できれば気の合う友と最高の時をすごしたいと願うのは、誰しも同じこと。相手をミスチョイスすると、せっかくのひとときが台無しになってしまう。
頭の中に友だちの顔をつぎつぎと思い浮かべ品定めをする。検索数秒、候補が決まれば、あとは電話をかけるだけだ。
ところが、いつでも都合よく友が応じてくれるとは限らない。学生時代からの無二の親友Aは、残業でアウト。「友だち以上、恋人未満」の関係B子は、風邪のためパス。社内で唯一気が合う同期のC は、カノジョとのデートがあるためノー。といった具合で、きょうは徹底的に「お相手」に恵まれない。
空振り、空振り、三振、四振、……こんなとき、あなたはどうするか? ひとり寂しく飲みに行くのか? 「ノー」だ。ではきっぱりと諦めて帰宅の途につくのか? これも「ノー」だ。
あなたはいま、良き友たちから見放されてしまい、軽い傷心にてこずっている。「たった一夜のこの時間を、共にしてくれる人間にさえ不自由してしまうのか、オレは」……思いもよらぬ、突然の孤独感。インスタント孤独感。
ひとりで飲みに行くのもイヤ、家へとぼとぼ帰るのもイヤなあなた。あなたがいましたいと思っていることは、ただひとつ。それは、自分がひとりではないことを、その晩のうちに、なにがなんでも確認しておくこと。なんとしてでも誰かと酒交をあたためる必要があるのだ。
かくのごとく、ほとんどの酒飲みは、ほとんど毎夜、インスタント孤独に遭遇する危険性をはらんでいる。
酒飲みのなかには、ひとり超然と飲むことを好むという人もいるが、多くの人は「誰か」が必要だ。仕事では毅然としている人までもが、どうしたものか酒を前にすると人肌を恋しがってしまう。誰かを探し求めてしまう。あなたの職場にもいるでしょ? 夕方になると飲む相手を求め、もの欲しそうにしている人を。
なぜ人は酒の前にたつと、人肌とか心の温もりとかに、こうも卑しくなってしまうのだろう。
相手探しの電話はさらにつづく。はじめは「良き友と、酒を」と決めつけていた気持ちも、いつの間にやら「いわゆる友だちと、酒を」と値引きされ、やがては「とりあえず知り合いなら、誰でも」と叩き売りがはじまる。酒に飢えているのか、人に飢えているのか、すでに分からなくなっている。
あなたの頭の中には「誰でもいいからいっしょに飲んでくれ~」という気持ちが蔓延しはじめている。こんな時、ふらふらとタイムカードの前に立ち、ひとり肩を落として退社時間を打刻していると、どこからともなくその声の主はにじり寄ってくるのである。「どうだ、たまには、一杯やらんかね」と。そう、その声の主とは、あなたが日頃はもっとも敬遠している上司だったりする。
もし、このとき、あなたの上司が「どうだね、その辺の喫茶店でコーヒーでも飲みながら、さっきの仕事の話でもしないかね」とのたもうたのなら、あなたは何も考えるまでもなく「すみません、きょうは友人と約束がありまして」と即座にバリヤーをはるはずだ。ところが、「たまには、一杯」にはなぜか抵抗しがたいものがあるばかりでなく、あろうことか「今宵の友得たり」とばかりの安堵感さえわきあがってくるのである。ついでに「きょうは、俺のおごりだ、パッとやろうか」とまでくれば、もう、ほとんどヘナヘナと追従するのみだ。
そして……、その晩あなたは酒場でどうなっているのかといえば、酔った勢いの上司にいつもよりテンション高くグチグチ、グダグダ説教されながら、ウンザリと悪酔いしているのである。「なんで、こんなヤツと、俺は飲むことにしたんだろう」 悪い酔いにしびれる頭の中で、あなたはぐったりと後悔するのである。ついでに申しあげれば、あなたはこういう後悔を今までに何度となくしてきたはずだし、飲む限りはこれからもすることになる。
一般的に、酒を「飲む」とは「誰かと飲む」ことを意味している。その限りにおいて、あなたは飲もうと思いつくたびに、インスタント孤独感にさらされるリスクを背負い、人肌に卑しくなってしまうのである。
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